2007年03月17日

中ボスの観念・3

津留晃一さんと会ったきっかけというものは覚えていません。
それぐらいに、私の心は揺れ動いていたのでしょう。

それはまさに荒波を、帆さえもないオンボロのヨットで
凄まじい波に委ねるように、流されるままでした。

気がついたら津留さんのHPにたどり着き、
そこで津留晃一のメッセージ集を見てみました。

まず、第一印象が

『 ぶっ飛んだ考え方だなあ 』

でした。

一般人ではおよそ考えが及ばないぐらいの次元が違う考え方でしたから、
最初は頭に入っても、ポーンとあっさりと頭の外に出てしまうぐらいに
読み飛ばすように見ていました。

ですが、読み続けるうちにしだいに見入ってしまっていたのです。

本当にぶっ飛んだ考え方なのに、なんだろう、この感覚。
それはまさに私と津留さんの魂の結びつきを約束されていたような
出来事でした。

メッセージ集を全部プリントアウトして、8割ぐらいまで読み終えたときに
現在出ている津留さんの本、5冊全部注文している自分がいました。

そして、5冊が届き 『 多くの人が、この本で変わった 』 の
15章 「 本当の奉仕家 」 を見て私の心は救われました。

以下、15章 「 本当の奉仕家 」 より抜粋

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◆まず、あなたが幸せになること

奉仕できなくてもいいのです。
それよりも、もっと大切なことがあるからです。
神は、まず < あなたが幸せになること > を望まれているのですから。

(中略)

他人に奉仕したいという自分の動機をチェックしてみてください。
その動機は、どこからきていますか。
そうすることが < 良いこと > だから、と判断した結果、
行動しているのではありませんか。

(中略)

そこに奉仕家の葛藤が生じます。
そして 「 奉仕しても、しなくてもどちらでもいいのだ 」 と
ニュートラルな考え方になることによって、
自分は奉仕家であり続けながら、なおかつ、
奉仕できない人を裁かなくなってくる
わけです。
円満な人格者の誕生です。

(中略)

そんな人は、結果を恐れることがありません。
< 良い > と< 悪い > がないからです。
ただ起きてくる結果を楽しめるようになってきます。
どんな結果であってもです。

< 良い > と思って行動しているわけではないから、
悪い結果は生まれようがないのです。

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ここまで読んで、

『 ああ、ゴミを拾っても拾わなくてもどっちでも良いんだ 』

と心の底からそう思えました。



Posted by あーる♪ at 17:10│Comments(0)
 
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